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category: StoreRoom/2003

StoreRoom/2003/01 - 日記を wiki 内に引っ越した模様です。

LastModified : Fri Feb 14 20:18:05 2003
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日記を wiki 内に引っ越した模様です。

| StoreRoom || category:StoreRoom/2003 || ≪2002/12 | 2月≫ |


今月の私。
なんだか愚にもつかない葛藤をしているようです。01/05
「書いた文章」をどのように処置すべきか。
□1.HDの肥やしにする。 □2.サーバーの肥やしにする。 □3.公開する。
当面 2.にチェックマークでお願いします。

2003/01/02(Thu) 23:39:00

2003/01/02(thu)

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文書倉庫用 wiki。[pc][wiki]

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大晦日から新しい wiki の設置にいそしんでみました。 ローカルにバラで置いてあったファイルをざっくりと移行完了。 やっぱり wiki 使いやすい。危うし! この日記。 せっかくなので当面ここは使い続けるけど、やがて wiki に移行もありえる予感。 但し「パソコン日記(700KB)」とか「日々の泡(240KB)」なんかは、コピーして貼り付けるのも大変なので、そのまま。

wiki の不便。検索があまり親切じゃない。 1ページに長文を詰め込んでるので、ページを検索するだけじゃちょっと足りない。 「こんな風だといいのに」というイメージはどんどん固まっていくのに、それが何の意味も持たないというのはつまらないなぁ。自分で CGI が作れたらどんなに素晴らしいことでしょう。


2002/01/03(fri):げ。and検索もできなかった。これはどうにかしたい気持ち。

うごかない。

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バレエなんか観ていて「すごいなぁ」と思うのは、「どうしてあんな風に体を動かせるんだろう」というよりは、 むしろ「どうしてあんなに動かないでいられるんだろう」という点。

「動く」にしろ「動かない」にしろ、つまりは「どうしてあんなに体を完全にコントロールできるんだろう」ということではあるんだけど、動物の体は元々動きやすく作られているわけで、「思い通りに動く」よりはやっぱり「意図しない動きは一切しない」ほうにより多く驚きを感じてしまう。

ただ立っている時だって、普通の人間は常に揺らいでいる。あんまりボケーっとしていたり、逆に「絶対に動かない」と意識すると、だた平面に立っているだけなのに平衡感覚を失ってヨロケそうな不安を感じたりする。 私なんかは一本の線を慎重に引こうとすると、筋肉が不随意運動を起こして、ビヨン! と線が跳ね上がってしまったりすることがしょっちゅうあるが、彼らは絶対に、弾みで「いつもよりちょっと多めに」回ったり飛んだり足を跳ね上げたりはしないんだろう。

そしてそういう不安定さが一切ないように「見える」のも、やっぱり驚嘆に値すると思うのだ。 だって観察者の状態によって、動いていないものが動いて見えるのはよくあること。 観察者の体と感情は常に揺らいでいる。

なんてことを、某狂言師の演技をテレビでチラリと見かけて考えた。 彼の芸がどんなもんなのかはよく知らないんだけど、とにかく私には彼の顔が「動き出しそうな不安なもの」に見えたのだ。「この顔でなくてもいいんだけど、たまたまこの顔」という不安定さというか、 今にでも「ってゆうか、あのさぁ」と「素の顔」になって雑談でも始めそうな不安感というか。 私の見方が多分に恣意的だとしても、「そう見せない責任」ってのは向こうにあると思うんだった。

2003-01-02 (Thu) 16:47:46

もくひょう。

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私は政治経済にとても疎い。

ちょっと前に、「ムカシなら戦争やってたトコロだな」と思った。つまりこの不況と閉塞感打開の道として。 いや、戦争なんてしても、疲弊するだけなのは解るんだけど、たとえて言うなら「集団ヒステリー」。

「ああ、なんだかよくないことが起こりそう。"いつか起こりそう" という 予感 が怖い。いっそ自分で起こしてしまえ。

という、ヒステリー以外の何ものでもないようなことを、私は時々考える。 個人の卑小な思考回路を国家間に当てはめるな、いや、当てはまらないといいんだけど、結構当てはまったりするから困るなぁ、と。

でも今は「ムカシ」ではない。「戦争は悪」と決まってしまった後の世界だ。

ああ、なんて世間知らずなんでしょう。たまにはニュースをちゃんと見ましょうよ、私。 どうやら、ついこの前、カーターさんが「戦争は悪」と言ったので、心あるアメリカ人はほっとしたそうですよ。

「不況と閉塞感打開」の補足:「閉塞感打開のために」始めるってワケでもなく、追い詰められてヤケクソっていうか、一種のヒステリー状態に陥っちゃう感じだけど。でも人間て「何かやること」が見えてくるとシャンとするもんだから、「コレでよいのだ」とか思っちゃったりして。でも、シャンとしてるように見えて、実は単なる「躁状態」だったりもするし。私自身がヒステリー状態だから、ヨノナカにそれを投射しているだけだといいのに。

2003-01-02 (Thu) 17:40:16

2003/01/03(fri)

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寒い。

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■全国高校サッカー選手権大会 3回戦「帝京×大津」

何となくテレビを付けたらやってたので、そのままにしておく。お正月なんて他に見たいのもないし。 学生だった頃はよく見た高校サッカー。 「振り向くなよ、振り向くなよぉ〜」というテーマ曲がやたら「青春」臭くていいんだなぁ。 見なくなってからも、時々 CM なんかで「まだ変わってない」のを発見して嬉しくなる。 「戦いに敗れても君は美しい」。うん、言われてみたいものだ。

全然関係ないけど、確か「国見」だったと思うけど、サッカーにしては珍しく全員ボウズ頭。 基本的に「ボウズ頭はいかがなものか」と思っているが、私が高校の頃、 一人「こんなかっこいいボウズは見たことがない!」というキーパーがいたなあ (スキンヘッドとかじゃないのよ)。 確か審判に抗議したかなんかで退場になったりもしたはずだけど、 それがまた高校生女子にはカッコよく映ってしまうんだ。うん、青春は美しいね。

それにしても寒そう!! 見てるだけで背中から寒さの迫る雪。 でも、雷以外は決行、というのもサッカーの好きなところ。 雨の日、部活動少年がドロドロになってグラウンドから引き上げてくる姿がまたいいんだ。 その頃の私は部屋の中で「寒そう」なんて言ってないで「一緒にやりたい」と思ってたんだけど。

ついでに言うと20年ほど前、「うちの学校は、サッカー部にカッコイイ子が集まっている」という全国的な現象を確認してたので、そのことだけを根拠に「いずれプロ化する」と思ってました。

なんてくだらないことを言ってるうちに、すげぇPK。

納得のいく勝敗の PK って初めて見たかもしんない。ってゆうか「気の毒なヒト」がいない PK とも言う。

2003/01/04(Sat)

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女装趣味のないヒトの女装。

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女性のパントマイムの人が、「男性の動きで身体を緊張させて、女性の動きで弛緩させる」ということを言っていた。 それはそれで判る話なんだけど、実際には逆の気もする。

スカートをはいて、足をいつも閉じておくとか、「それなりにきれいに見せておく」ってのは 結構身体を緊張させていないといけない。 年末、オトコ達の女装を見ながら、「あらあら、もう。お行儀の悪い、みっともないことねぇ」と思った所以。

2003-01-04 (Sat) 12:57:11

2003/01/05(sun)

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葛藤。[write]

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私は文章を書くのが自分で思ってた以上に好きだったらしい。 意味のあることないこと、「言葉をいじりまわす」のが好きなのだ。 でも、気を許すと「つまらない」ことになってしまう。

「意図しない部分で意味不明」の文章はつまらない。 「内容のないこと。意味のないこと」を書いて、「意味不明のことを言っている」ということを表現した文章はバカバカしくて面白いけど、明確に意図があるのに、それを表現できないで「結果的に意味不明」になってる文章は、つまらない。 一人で勝手に書いていると陥りがちな「つまらない文章」。 書くのは楽しいけど「つまらない文章」を書いてもつまらない。

「3日後の自分は他人」でもあるし、自分が読んでも解らないことになってしまう。 実際、「楽しい」を度外視で書いている むず痒いパソコン日記 やその他の作業記録などは、後で読み返すとあまりに意味不明で、考古学者の苦労を思い遣ることになる。

で、「結果的に意味不明」にしないためには、「伝える」という意識が必要だ。 「伝える」ことを常に意識するには「読者」を想定するのが簡単だ。 そんなわけで、「楽しく書いた」文章の多くは「仮想読者」を想定しながら書かれている。

さて困った。
だって、本当はいない読者を意識しながら書くのは、すごく恥ずかしいんだぞ
しかもソレを楽しんでるなんて、とっても恥ずかしいぞ。

でも、このハズカシさを解消するのは、とても簡単だ。だってインターネットなんだもん。 とりあえず、2・3 の検索サイトに自分のトコロの URL を貼り付けてくればいい。 「読者がいる」と思えることだ大事だから、別に実際誰も来なくても構わない。 「もし誰かが来た時のために、十分伝わるように書いているのだ」と自分が納得できればそれでいい。

* * *

それにしても、インターネット上で文書を公開しようと考えた途端感じてしまう、この妙な「抵抗感」は何なんだろう。 とてもそんな動機で踏み切ろうとは思えないや。

2003/01/12(sun)

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世の中は厳しいのか厳しくないのか。

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今のマンションに入ったとき、家賃はまあ、「相場通り」か、「ほんの少しおトク感」のあるものだった。 ところが2年目の契約更新時、大家は家賃管理費合わせて 1万と数千円の値上げを言い出した。 今の日本の経済情勢をなんと心得る。

値上理由:「今の家賃では管理がやっていけない」

管理ったって、階段の蛍光灯が切れてたって放っておいてるじゃないの。 掃除だって業者を入れてるわけでもなく、留守中の荷物一つ預かってくれないどころか、 大家宛に訪ねてきたガス会社の人の応対を、私がしたりしてるじゃないの。何が「管理が…」だ。

「入るときに安くしといて、ダメだったから追加よこせって、大家の読みの甘さのツケを、 何でアタシが面倒見なくちゃならないの? 最初から今の家賃+1万数千円だったら、他にもっと安いところを探したかもしれないじゃない。 かといって、今更他に引越すにはまた莫大な金がかかるし、 そんなに簡単に引越し先を決められるものでもない。 そういう "どうせ引越せない事情" を見越して上げるなんて、なんか不当だ」 と知人に言ったら、冷ややかに、「それは誤った理屈だ」と言われた。

う〜ん、そうなのかぁ。経済社会は厳しいなぁ。

* * *

バブル以降、銀行員が3割だか減ったそうだ。 「一番いいときにせっかく銀行に入ったのに、いらなくなったから辞めさせるなんて! 企業モラルはどうなっているのか」と、コメンテーターとかいう人が早朝のテレビの中で憤慨していた。

え? 「必要なくなれば辞めさせる」当たり前なんじゃないの? 経済社会は厳しいのだ。

まあ、「給料下げて全員飼っとけ」とか思わないでもないが(私の取引銀行は、午前中でも30分以上待たされたりするので)、かのコメンテーターなら、「給料がいいという理由で銀行に入ったのに、下げるなんて」と怒るのかもしれない。 ええと、前にテレビのニュースで見た銀行員の平均年収、いくらだったかな。800万ぐらいだった気がするけど。[ google検索:銀行員,平均年収 ]

ともかく私は、薄情な知人でなく、このコメンテーターに家賃について愚痴ればよかったのだな。 きっと同情してもらえたに違いない。

* * *

ちなみに、1万数千円の値上はあまりに不当と思えたので、交渉の末 8千円の値上に収まった。 まだ充分「今時、ふざけんなよ」という上げ幅だが、それ以上がんばるには、大家は手強すぎた。 とにかく「ヒトの話を聞かない」のだ。 [参考:日々の泡/その0051 ]

2003/01/13(mon)

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ダラダラとした日記。

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たまたまテレビを付けたら、ちょうど高校サッカーの決勝戦。

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市立船橋 × 国見。3日に国見の話を書いたりしたので、キモチ国見を応援してみたが負けた模様。 でも実は、例のボウズは国見じゃなくて鹿児島実業だった気もしてきた。 確かに国見がボウズであることは確認できたし、ユニフォームも縦縞なんだけど、 「今年は験をかついで白黒の縞」みたいなことをアナウンサーが言っていた。 ってことは例年は違うらしいのだが、どう違うのかは聞き逃した。

まあ、そんなことはどうでもいいけど。

どうでもいい話その2。

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日記には天気を記載することが多いようだけど、どこから来た習慣なんだろう。 確かに「その日のデータ」として天気が大事でないとは思わないけど、 日付の他に必ず書くものとして普遍的に採用されるほど大事なもんでもないと思ったりする。

他に大事なものがあるような気もし、 一方で「その日のデータとして誰にとっても大事なもの」なんてのはないんじゃないかという気もし、 なにか「もとになるもの」があるんじゃないかと思ったの。 「サンタクロースの衣装は赤」とか「バレンタインはチョコレート」とか。 いや「商業主義に乗っかった例」ではないよ。 「誰かが最初に言ったので、そうなった」といういい例をとっさに他には思いつかなかっただけ。

まあ、調べようというほど興味はないんだけど。

本当にどうでもいい話3

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「荒れないようにしないと荒れる」くらいなら止めてしまえ成人式、と思っている人間は大勢いるのだろうな。 なのになぜやめないのだろうと、素で不思議。

あれは「お祭り」ではなく「式」なのでしょう? 行ったことないから実際のトコロは知らないけど。

ええとね、テレビのインタビューなんて多分に恣意的に編集されたものだとは思うけど、 「大人になりたくない」というワカモノは「現状最高」と思っているわけで、 「保護」の中で「現状最高」と思うなら、テレビの「識者」やらの受け売りで「社会やらオトナが悪い」とか言うな。

* * *

やっぱり子供はちょっと不自由を感じるくらいで丁度いいと思うわけです。 「権利少なめ」な分、「義務も少なめ」。 でも、どうしたって人間は、免除されてる義務よりは、制限されてる権利のほうが気になっちゃうでしょ? で「今に見てろ、オトナになったらオレだって…」という夢が、子供をオトナにするわけです。

というか、「誰かの保護がないと生きていけない状態」が「快適」なんて、「生き物」として不自然です。 そんなのは「不自由」という以上に、「不安」と感じるのが本能だと思います。 「じぶんのちからでいきていくすべをみにつける」というのが、「育つ」ということです。

そういう「不安なコドモ」のその横で、オトナは楽しそうにしている義務があります。 「キミ達、早く大人になりなさい。大人はいいよぉ」と笑うくらいにね。 何があっても笑ってろ。それが義務だ。必死で笑え。泣きながら笑え。

いや、子供のうちにたっぷりとした子供時代を過ごすのも大事ですが。

ところで私は今年、中学のときになんとなく憧れていた年齢になるわけですが、 誤算は、この歳の1年と中学生のときの1年は長さが違うということ。 この歳のまま4・5年過ごせたら、たっぷり味わえるんだけど。

以上、書くこともないのにダラダラと書いてみました。

2003/01/21(Tue)

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そんなバナナ。[note]

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困る。なんだか困る。 特に好んで食べはしないけど バナナが高級品時代の子供じゃなくてよかった、 と思った瞬間が過去に 3回くらいはある。

# どうでもいいけど熊さんがカワイイ。

里親。

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まだアルバイト生活を送っていた頃、この里親制度を知った。 「いつか、せーかつによゆーが出来たら、やろう」と思った。 せーかつによゆーができて、何の気なしに税理士さんに 「月5000円くらい送ると、東南アジアのどこかの子供が一人学校に通える、とゆうのを聞いたことがあって、やってみたいんだけど、窓口がどこなのかわからないのよ。そうゆうのって、どこに聞けば判るのかな」と聞いてみた。 税理士さんは、「それはいいわね、控除の対象になるし」と即答した。 さすが、プロの発想は違うと本気で感心。

結局、気になりながらもどさくさに紛れ、すっかりせーかつによゆーがなくなって節税の必要がまるでない今、思い出しちゃった。

どうやら月5000円は記憶違い、3000円の模様。よゆーがなくても、送れない額じゃない。 だって、プロバイダの契約料金より安いんだから。

* * *

普通の募金が今ひとつなのは、具体的な結果が見えないこと。 「本当に必要な人の手に届かない」ということはよくあることなわけで、その点「一人を学校にやる」というのは、目的がとても明確。

それに私は、あまり豊かでない地域の子供たちがインタビューに答え、口を揃えて「学校に行きたい」と言うのに、とてもヨワい。そう、教育は大事だ。 貧しい>教育が受けられない>ロクな職につけない(あるいは不当な搾取に気付かない)>貧しい の悪循環は悲しい。

日本の、「何で子供は勉強しなくちゃいけないんですか」と素っトボケた問いを発しているコドモ達、設問を間違ってる。 正しくは「生き物は」だ。 どんな動物も、「環境」が求める能力を身に付ける必要がある。 成績や学歴は、必ずしも「多くのエサ」の獲得を保証はしないが、「多くのエサを獲れる確率」を高める、比較的簡単で、比較的確実な方法ではある。親がその方法を子供に示すのは大して間違ってない、と私は思う。

もちろん、自分の「エサを獲る才覚」にむちゃくちゃ自信があるのなら、「学校の勉強」はしなくていいけど。

* * *

あああ、どうしよう。3000円…。

2003/01/23(thu)

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PHP。[pc][note]

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a-news というのが面白そうと思ったけど、ダウンロードするだけでも登録が必要。 面倒くさい。よかった、これでまた「余計なこと」をしないで済む。と思いながらちょっと後ろ髪。

でも、よく確認したら、これ PHP じゃないの。バッサリ諦めがついた。 それにしても、こういうのって PHP に多いのはなぜ?

昨日の夜、何となく PHP も使える懸案のレンタルサーバーに申し込もうとしたけど、 今ひとつ気分が乗らなかったのでやめました。

あぜんとして追記。2003/02/22(Sat)

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…PHP じゃないよ…。「よく確認」して、何でそんなことを思ったのか、しばらく考えちゃった。 どうやら、こっち http://www.e-nikki.jp/index.php のページのアドレスを見てそう思っちゃったらしい。

タブブラウザでタブを 10 も 20 も 30 も開いてると、ちょっと似たレイアウトのページはよく混同する。 「新しいウィンドを開く」うちに、同じページを3つぐらい開いてることもあるし。

時々、タブの検索ができるといいと思うこともある。 他所様のところは、あんまりページタイトルを覚えてたりしないけど、例えば wiki でページを編集してると、リンク先のページを検索したりなんかで結構沢山タブを開いてしまう。あああ、さっき開いておいたあのページはドコ!? となってしまったり。 でも、実際使うかというと、Ctrl+F>キーワードタイプ なんていう手順より、目をキョロキョロさせるほうを選びそう。

っていうか、必要なくなったタブはその都度閉じようね。

さんづけ。

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以前はニュースで、児童は「ちゃん付け」で呼ばれていた気がするけど、最近「さん付け」に変わった? 別に、「だから何だ」というのでもないけど。

その後。

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どうやら局によるのかな。「ちゃん付け」のニュースもあった。

2003/01/31(Fri)

2003/01/24(Fri)

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日記お引越し。 [pc][wiki]

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せっかく年末に korobo の日記用スキンを作ったわけだけど。 しかも数日前には各トピックの1行目を抜き出すスキンまで作ってたわけだけど、とうとう今日、日記も wiki 内にお引越ししてしまいました。

単に一元管理しておいたほうが「どこに書いたか忘れなくて済む」というだけなんだけど。 次バージョンで検索結果を見出しごとに表示できるようになるので、今よりは「備忘録」として使い安くなる。

*

ある wiki の説明で、「掲示板は書き込んだ後は削除くらいしか出来ない」と比較していたけど、korobo は書き込み内容やその他の項目も全て後で編集できるわけで、「じゃあ何で私にとって wiki のほうが使いやすいんだろう」と 30秒程度考えてしまった。「誰にでも」という部分は現状関係ないわけで、それ以外の wiki を使う理由。

例えば korobo でブロック要素のタグをウカツに使うと無茶苦茶な理論構造になる。 HTML を書いているうちに、文章を「あるまとまり」として考えるのが自然になってしまったので、「括れない」「括り直せない」というのがストレスらしい。「機械的な割り振りが多い分、自由が利かない」という、ごく単純なことなんだけど。

最初は wiki のデータ形式があまりに「形にはまっていない」ことこそが、不安の原因だったんだけど。 必ずしも検索機能が充実しているとは言えないので(しかも korobo は、掲示板としてもかなり検索条件を細かく指定できるほうだし)、「後で」参照するときに困るんじゃないかとか。 でも、何の規則もなく ページの中を全く自由に使える というのは、文章を「書く上」では快適。

…つまり、括るなら自分で括る。勝手に型にはめないでくれ、ということ?

―― いや、違う。

そう思ってみると、例のパラグラフ指向の wiki も、私の用途には無理に求めなくてもいい機能のような気がしてきた。 書くときはできるだけ「ゆるい」感じのほうがいい。

2003/01/24(Fri) 22:49:39

2003/01/26(Sun)

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インターネット麻痺状態。[pc][note]

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起き抜けのニュースが、「夕べ2時ごろ世界的に麻痺状態」。 そうだったのか、早く寝ておいてよかった。

と思いながら、多分12時前だったと思うけど、wiki の旅をしていていくつかの海外サイトが異常に重くて、 見るのを断念して引き返したのを思い出す。 異様にファンが回っていたんだけど、パソコンをつけっぱなしでそのまま眠ってしまい、 夜中に起きて消したときもまだファンが回っていた(ような気がする)。

「…あれも関係あったの?」と思いながら、情報を探しに出ようとしたら、どこも重い。 あれ? もう復旧したんじゃなかったの?

結局パソコンを再起動してみた今、普通に使えているわけですが。


2003/01/26(Sun) 07:17:14

繰言。

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これまで書いた文章を wiki 内に集めてみると。

まあ重複する文章の多いこと。「ああ、もう、くどくどくどくど、年寄りの繰言みたいに」。

もう少し整理しないといけないなぁ。

wiki の検索を思い通りに改造できるなら、いっそ全て時系列に書いてもいいような。 …いや、それなら普通の日記用の CGI でいいわけか。

2003/01/27(Mon) 00:42:21

2003/01/28(Tue) [pc][note]

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NT。

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NTは「New Technology」の略ではなかったとMS技術者が証言

― 中略 ―

Microsoftは「N10」と呼ばれるi860エミュレータを使わなければならなかった。NTはこの「N-Ten」上で動くことから付けられたという。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NT/NEWS/20030127/2/

2003/01/29(Wed)

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dog ear というのですか。[note]

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Dinos の CM。「気に入ったページを折っておく事を dog ear といいます」だそうです。 ちょっと可愛いので覚えておこう。

エゴグラム。

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20代前半にやったときと、ミゴトなほど診断結果が変わらない。 ただ「元になっている性格の、表現方法」は大いに変わったので、 私をよく知らない最近の知り合いに結果を言えば、驚かれるだろうな。

2003/01/30(Thu)

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万景峰号

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アナウンサーなんかが「まんぎょんぼんごう」と発音するのを聞いて、 常々「よく言えるなぁ」と思っていた。 今日、試しにちょっと呟いてみた。あ、結構言えるもんだな。 でも調子に乗って10回繰り返すと噛むな、やっぱり。

突然話が遡りますが。

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拉致被害者が帰国してしばらくすると、「表情が和らいだ」なんてよく言われてた。 私は「人の顔」の認識が苦手なので(人の顔は覚えられないし、人の顔の類似性や相違が判らない。 「外国人の顔がみんな同じに見える」感じ)、表情の違いなんてよく判らない。 「またまたぁ、そう思って見るから、そう見えるだけでしょ」なんて思ってた。

でも、それからしばらくテレビを見てなくて、今月の頭くらいに久しぶりに「蓮池薫」さんの顔を見て驚いた。 あらまあ、本当に別の人かと思ってしまったわ。

2003/01/31(Fri)

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ぷよよぉんぐしゃぐしゃぽいっ。

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ユニチャームペットケア(犬用おむつ)の CM の犬がかわいい。 ぷよよぉんぐしゃぐしゃぽいっな程かわいい。 うちの犬は、よくこの言葉と共に顔をぐしゃぐしゃにされていた。 ちなみに ぷよよぉん は ぷににぃん の場合もある。

引っかき傷。

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背中に時々原因不明の引っかき傷が出来ることがある。 とても浅くて痛みも何もない、たまたま肩を揉もうとしたり背中を掻こうとしたりしたときに、 「髪の毛?」と思う手触りがあって気付く。 そう、丁度髪の毛くらいの細さで、数cm〜十数cmくらい、ごくゆるい滑らかな弧を描くような、引っかき傷。

そういえば最近なかったんだけど、今日は珍しく背中ではなくて、正面、首の下のほうに出来ていた。

だから何だというのでもないけど、一体何の拍子に出来てるんだろう。

なんだかもう、涙が出そうだ。[note]

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「優しくしろ」と要求するのなんかいやだ。 そう言いたいことも時々あるけど、私の要求は筋違いのものだと解ってる。 弱さを振りかざして、筋違いの主張を泣き叫ぶなんていやだ。

掲示板で時々、「もっと優しく教えてくれてもいいじゃないですか」と言う人を見かける。 一体、「自分以外の人間」に、「自分が他人に対して出来ること」以上の、何を期待しているんだろう。

テレビのニュースで最初に聞いたとき、 両親は「なんでこんな形で子供が死ななくてはいけなかったのか。閉店と聞いて少し気が楽になった」 というように話している、とされていた。

男子生徒の両親は「子どものせいでこんなことになってしまい申し訳ない」と話しているという。

こちらが正確な情報であってほしい。それなら泣きたい気持ちも少しは減る。 「なんでこんなことで」と思う気持ちは解るが、「気が楽になる」もんだろうか。 辛さが複雑になるだけ(両親の葛藤って察するに余りある。その葛藤が深まるだけ)じゃないだろうか。

バカは、何にも考えずにふざけて抗議電話をした奴らだけで充分だ。 「ふざけて」のほうが、「本気で」抗議するより、まだ解りやすい。

「配慮が足りない」

どうして、「自分には出来ないこと」を他人には要求できるんだろう。

2003/01/31(Fri) 17:30:06

追記。

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2・3年前だったか、「中学生日記」を初めて見て、驚いた。「コノ人達ハ一体何ヲ言ッテイルノ?」。

状況はこう。体育祭で恒例のリレーがある。コドモ達は楽しみにしている。しかし、去年、「自分のせいで負けた」と思った生徒が登校拒否になった。先生の意見。「だからリレーは中止すべきである」。コドモは語る。「オレは体育しか取り得がないから、リレーがないと目立てない」。「熱血先生」は語る。「生徒全員、同じ状況を等しく楽しく共有しないといけない。アンタに弱者を思い遣るココロはないのか」。

もちろん番組は、先生の意見を「是」として終わる。しかもかの「熱血先生」は、取ってつけたように「個性の尊重」を語る。「体育が得意」というのは個性ではないので尊重しなくてもよくて、「体育が不得意」というのこそ尊重すべきらしい。もちろん「負の個性」なので、尊重して「目立たないようにしてあげる」わけだ(でも、「テストの不得意な子」に、それでいいのよ、と言ってはあげないわけだ)。「とにかく、体育祭を苦痛に感じるのなんか、先生許しませんからね」。

あぁ、ビックリした。中学生はこんなコトを「道徳」として教わっているのでしょうか。暗澹たる思いです。 今更ながら「優しさ」とか「思い遣り」って、「正義」同様、胡散臭いコトバだと思いました。

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