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category: 表現と意思疎通の周辺/Web

表現と意思疎通の周辺/Web/共通認識 - Webにおける曖昧な「挨拶」の曖昧なお話。

LastModified : Thu Sep 2 18:36:14 2004
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Webにおける曖昧な「挨拶」の曖昧なお話。

2004/02/10(Tue)

これはどんな挨拶なの?(あるいは意識しないで発する信号のお話)

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TrackBackという機能が欲しいような要らないような、実は何なのかよく解ってなかった時 に、要約TrackBack ほど、積極的に "送りつけたい" わけじゃなくて、"誰かがそのこと(祭り)について興味を持ったときに、ひっそりと手が上がる" 程度の仕組みが欲しい」(StoreRoom/2004/01-21-Antenna) というような事を書いた。

* * *

「たまに道端で顔を合わせることがあって、なんとなく近所に住んでるのかなぁと思っていて、先方もこちらの顔を認識してる風情で、それと判るか判らないか程度の会釈をしあう」なんてことがある。何かのきっかけがあれば「よくお会いしますね」と言葉を交わすことがあっても不自然ではないんだけど、そうでもなければ「あとの会話が続かないかもしれない」とか、「実は先方はこちらを "よく見かける胡散臭い人物" と思っているかもしれない」とか、「会うたび二三言、言葉を "交わさなくてはいけない" ような関係になっても面倒」とか、余計なことを考えたりして、それこそ「儀礼的に無関心を装う」。その関係性はとても微妙なんだけど、それでも「判るか判らないかの会釈」を交わすたびに、「無関心でいましょうね」という取り決めが更新されているという認識は、「暗黙の諒解」として確実にある#1
ついでに、コンビニの顔見知りのお兄さんに対して、「"いつもこのお菓子買いますけど、好きなんですか?" とか聞くなよ」と思ってみたりとか。

もっと単純なところで、「挨拶の言葉」というのはとても便利で、「意味のないただの決まり文句」として用いても、ほとんど責められることがない#2。もし「おはようございます」という言葉がなくて、朝、近所の人に会う度ごとに自分で挨拶の口上考えなくてはいけないとしたら、それはえらい厄介なことだ。日常的に前文を省略できない手紙を書くようなことになる。
一方私は(まだ "社会人" ではなかった頃)、「挨拶の決り文句としての年賀状」を一切出さずに、離れて住んでいて会うことはままならない "本当に様子伺いしたい相手" にだけ「暑中見舞い」を出したりしていた。

そういう「決り文句としての挨拶の仕方」というのが、Web にはあるのか、ないのか、とにかく多くの人が「この場合は、とりあえずコレさえ押さえておけば OK」っていう「挨拶」の仕方をまだ知らない。私も知らない。

* * *

例えば「リファラによる挨拶」というのは「至極当たり前」なんだろうかと悩んだりする。リンクを張るだけで参照先に「挨拶を送ったことになる」と認識している人はどのくらいいるんだろう(私は認識してない。だって「みんながアクセスログを取っている」という前提にないもの)。「リファラを見てリンク元を確認しに行く」というのは一般的なことなのか、リファラを辿って「リンクしてくれてありがとう」と言いに行くのはどうなんだろう。「あちらのサイトで紹介してもらって、嬉しかった」と、"相手が見ることを見越して" 自分のところに書くべきか、それとも全く知らん顔でいるべきか(本当に知らん顔がしたい時と、嬉しいんだけど "遠慮" の素振りを見せたい時との差を、どこいら辺にどうやってつけたものか)。

リファラを挨拶に利用することが一般的だとしても、それをサイト間に留めず閲覧者にまで適用すると、反則技な気がするし(例えば芸能人の名前で検索して、sbox のアンテナページに来る人もいる#3。そうやってたまたま紛れ込んだ人が「Wiki って面白そうですね」なんて感想を書いてくれたとして、「ところで、芸能人の○○さんがお好きなんですか? 私もなんですヨ(^-^)」なんて返すのは、やっぱりナシだろう)。

そんな訳で(と言う程、どんな訳なのかは判らないけど)、単なる返礼以上の意味がないような「お返し TrackBack」なんかを送ってしまう心情はとてもよく解る#4。「無邪気なお礼」にしろ、「それが慣習または礼儀らしいという勘違い」にしろ、「相手の挨拶の意味を取り違えた」にしろ、それに対しての「過剰反応」にしろ、さらには「本当は黙殺したい場合の、儀礼的な返礼」だとしても。「日常生活におけるアノ程度の挨拶」が、Web ではどの手法に当たるのかが、「過去の経験」からは割り出せない#5。「では、もし "単なる会釈" として TrackBack を送ってはいけないなら、"それに相当する挨拶" を返したい場合にはどうしたらいいんだろう」と考える人がいるのは、ありえることだ。

私にとっては、「ええと、一応祭りの末席に参加しようと思います」という控えめな意思表明をするのに#6、「アンテナ横断検索」というのは丁度ぴったりの感じなんだけど、それが誰にとってもそうなのかは解らない#7。なんかこう、「挨拶対応表」でもあるといいのにな、なんてことを考えたりするんだけど、「日常生活における、他人との関係の取り結び方」自体、リストに書き出せるようなものでは全然ないというのが、問題の根っこなのだった。

補足。

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表現と意思疎通の周辺/Web/情報の断片 で、「web 上に文章を載せるのは、「スーパーで毎回ヨーグルトを買う」よりは、ずっと自覚的な行動だ。」と書いた。サイトオーナーは、Web を利用する「客」ではありあえない。

「Web サイトを公開すること」を「電車に乗ること」にたとえるのは、やはり私には不適切に思える。「電車に乗る」よりはずっと「意識的な行為」だし、電車に乗るのは「移動」が目的であり決して「今日の洋服を見せる」ためではないのに対して、Web サイトを公開することは、「公開する」そのこと自身が目的だ。日常生活での「電車に乗る」に相当するのは、「閲覧」という行為のほうが近い。

Web サイトの公開を、「ホームパーティ」や「教室の隅の内緒話」のつもりでいたとしても#8、その「つもり」は、本人が思っているほど周囲が読み取り察することはできない(教室の隅で内緒話をしている一団に対して、私は「察して」関わりがないように振舞っていたけど、察した上で(だからこそ)「なになに?」と輪に割って入る級友もいた。でも、「内緒話」を外に漏らしてしまうときでさえ、「誰にも言っちゃダメだよ」という前置きは使われていて、「これは内緒話だ」という認識があったのだ)。「その素振り」が何を意味しているのか、共通の認識が出来上がっていない社会なのだ。

さらに補足。というかメモ。

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あるいは、私は実際の空間の中でより、Web上での方が「場の雰囲気」を読み取ることが難しいと思っているし、「実際に相手を目の前にして話す」ほうが、「コミュニケーション」を取るには有利だと思っている(「自分の考えを一方的に宣言する」なら、文書のほうが有利なことは多いけど)。

でも Web 上でしばしば「会って話せば解る」ということを否定し、「会う」ことと「Web 上でのやり取り」の差異を認めない言説に会って、驚くことがある。 もちろん私も「会って話せば解る」というよりは、「目の前にいれば、"どうやらこのヒトと会話を続けても、お互い実りがなさそう…" ということが見極めやすい」と思っているだけだったりはするんだけど。

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