管理 | 差分 || 新規作成 || カテゴリ一覧 | ページ一覧 | 更新履歴 | 差分履歴 || アンテナ || PUT || more≫ ≫omit
shortcut: FrontPage || WikiLab | StoreRoom/最新 | 日々の泡 | むず痒いパソコン日記/最新 || HelpPage ||[edit]
category: 表現と意思疎通の周辺

表現と意思疎通の周辺/言葉と本質 - 言葉はラベルに違いない。

LastModified :
[管理]

言葉はラベルに違いない。

| 表現と意思疎通の周辺 |


「日々の泡」 の その29に書いたお話は、こう。

私は、自分の飼っていた犬がどんなに愛らしかったか、とてもよく覚えている。 それでも、そこのとを証明する手段がないのは悲しい。 たまには愛らしさを確認して和みたいし、たろさ を見たことがない人に 見せびらかし たりもしたいのだ。


「桜の花の散る様子」を表す言葉を知らない。 日本人のことだから、十指に余る言葉を編み出してても不思議じゃないのに、私はせいぜい「花吹雪」くらいしか知らない。 でも、私の知っている花びらの散る様は、「吹雪」なんかじゃない。樹上をきらきらと舞う冠だ。

小学校の教科書に載っていた文章は、「唐松の葉の散る様子」を手持ちの言葉では表すことができない残念について書かれていた。

* * *

そんな桜と唐松の話をしたら、年配の相手から 「物に名前をつけると安心して、人は "本質" を見ることを止める」という批判のお答えが返ってきた。 「小林秀雄がそう言った」ということだった。まあ、小賢しいわ

ついでに「誰々さんがこう言った」は、ズルイ。でも、何が気に入らないといって、そのニヤニヤ笑い。後で「また若いコ苛めちゃったヨ」と「戦歴」として語るつもりね。自分の言葉を加えることもしないなら、あなたの「戦歴」ではなく、「小林秀雄の戦歴」として計上するべきだわ。

「いえ…本質っていうか…。だって、桜の花の散る様子は、既に馴染んだものでしょう?」
「むしろ、本質を知って、その上で "他人と共有したい" ものに名前を付けたくなる場合もありますよね」
「もし、あらかじめ桜の花の散る様子に名前が与えられていたとして、私がその様子を見たときに感じるものが 変化するようには思えないんですけど」
「もちろん、名前をつけて安心して、どうでもよくなる類のこともあるけど、少なくても私は、桜に "サクラ" という名前があるからと言って、桜を見て "ああサクラというものが咲いてるな" では片付けられないし」
「桜という言葉には、それに付随する色んな感情が、同時にくっついてて、そういう感情は、ある程度日本人共通のものとしてあって、誰かに "桜が咲いてた" と言っただけで、"色んな感情" を相手から引き出したり、共有したりすることができるでしょう?」

というような私の反論とはズレたところで、彼は小林秀雄の言葉を次々と引用する。 つまり彼は「小林秀雄の思想について」議論がしたいらしい。しょうがない。諦めよう。

彼が語るのに任せて黙ると、彼は「あ、ごめんね。こんな酒の席で議論しちゃダメだよねぇ」と笑った。 いえ、「議論」は私も好きなんです。ただ、これは議論になってないんです。 議論したいことの対象がすれ違ってるんですもん。

私は「桜の花の散る様子を表す言葉」に付いて話したい。付随して、「言葉と本質」について議論するのも構わない。 でも、彼が議論したい「小林秀雄の思想」について、私は何も知らない。そのことは既に伝えている。 反論するにしろ、同意するにしろ、言葉の断片だけに反応してればすぐにひっくり返される。 もちろん、対象が何であれ、「知らないことを教えてもらう」のは楽しいが、相手が「議論」のつもりでいるのなら、私ではそのお相手がきない。聴衆として、黙って講義を聴くしかない。

* * *

もちろん、「何だかよく解らないものに名前だけ付けて安心する」ということが、往々にして弊害を生むことは知っている。 でも、「雪の多い地方に、雪の振り方や積もり方を表す言葉が沢山ある」のは、「言葉があれば雪の本質を見なくて済む」という雪国の生活の知恵からくるものでしょうか。 「すごい雪だ」では言い足りない "雪の本質" を、雪に閉ざされて見つめ続ける方がいいのでしょうか。

ヘリクツは、やめ。

「たろさ がどんなに愛らしかったか」ということや、「学校の窓から見えた桜の花の散る様が、どんなに不思議な光景だったか」ということを独り占めしたいなら、心行くまで抱え込んで "本質" でも何でも見極めてればいい。 でも私は、伝えたくてしょうがない。 対象への思いを共有できる人間を見つけたくてしょうがない。だから「言葉」が必要なのだ。

*

ただ、教科書に載っていた「唐松の話」を読んだとき、 どんなに言葉を継いでも「感じたとおりの美しさ」を描写しきれないでいる話者の、もどかしさはとてもよく伝わって、「そんなに言うなら、何だかちょっと見てみたい」と思ったことも確かである。

2002/01/26(Sat)

shortcut: FrontPage || WikiLab | StoreRoom/最新 | 日々の泡 | むず痒いパソコン日記/最新 || HelpPage || [edit]
select css: default | sakura | mono | greenheck | snow | NN4.x用(多分) || LinuZau!! | VikiWiki!? || others |

管理 | 差分 || 新規作成 || カテゴリ一覧 | ページ一覧 | 更新履歴 | 差分履歴 || PUT