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category: 日々の泡

日々の泡/009 - 2002/06/11(Tue) - 2002/08/05(Mon)

LastModified : Wed Aug 24 05:56:24 2005
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2002/06/11(Tue) - 2002/08/05(Mon)

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その0201_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ]

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その200 からの続き。話がどんどん逸れてしまった。 最初に その194 で体温の話をしたのは、単に、「人間の体は、1度2度の温度をよく感知できるね」という話をしたかっただけなのだ。

いや、お風呂のお湯の温度の話なんだけど。

――ってことがひとつ。

その0202_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ]

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足に関して。母が友人から教えてもらった、何か粉の薬があった。 薬というより健康食品のようなものだったかもしれない。

とにかく、それは、ひどく、不味かった。

大さじ山盛り1杯程を、200ccくらいのお湯で溶いて飲むのだが、溶けないのだ。 お湯の表面にブカブカと浮いている。ザラザラと、砂か鉄粉のようなものが、口の中に残って飲み込めない。 母が「どうして飲まないのか」と聞くので、「不味いからだ」と答えた。 母はちょっと舐め、顔をしかめて宣言した。「もう、飲まなくていい」

* * *

たろさが皮膚病になったとき、「かわいそう」といってエリザベスカラーを外してしまったのも、この人です。 私が一人暮らしを始めた後、「だって喜ぶんだもん」と言ってご飯を与えすぎ、肥満犬にしたのも、この人です。 「母の愛」には、そういったところがありますね。

――ってことがひとつ。

その0203_ 2002/06/18(Tue) [ヒビノアワ]

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パソコンの、相談掲示板のようなところを徘徊していて、 「急にネットがつまらなくなりました」というタイトルの相談を見つけてしまった。

「そんなこと相談されても…」と一瞬目が点になったが、案の定、 「ネットがつながらなくなくなりました」の読み間違いでした。

でも、「急にネットがつまらなくなりましたが、よく考えると、ネットだけでなく、僕は、"人生が生きるに値するかどうか" について懐疑的になっているのです」と悩む少年の姿って、ありありと目に浮かびませんか。…浮かばないか…。

――ってことがひとつ。

その0204_ 2002/06/27(Thu) [デキゴトノアワ]

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ふと気が付いた。キーホルダーに、4つのキーがある。

一つはもちろん自宅の鍵。もう一つは殆ど用なしの実家の車の鍵。

後の二つはなんだろう。 一つは多分、作った記憶はないにせよ、実家の家の鍵なんだろう。 最後の一つが、全く思い出せない。

「意外な扉が開くと面白い」…と書こうとして、思い出した。 マンションの門の鍵だ…。ちぇ、面白くないの。

――ってことがひとつ。

その0205_ 2002/06/29(Sat) [ヒビノアワ]

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お昼寝をしていて、久しぶりにたろさの夢を見た。

何年か前までは、結構よく見ていたんだけど。しかも毎回毎回、同じように騙される。 「なんだ、死んでなかったんだ」と安心して、目が醒めてから、「やっぱり夢か」と思う。

今日の夢は、正確にはタロさではなくて、「たろさにそっくりの子犬」をもらう夢だった。 でも、ふと気が付くとたろさには似ても似つかない犬に成長していた。ちぇ。 可愛いと思わないではなかったけど、どうやって付き合っていいのか判らなかった。

――ってことがひとつ。

その0206_ 2002/06/29(Sat) [オモイデノアワ]

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20代の前半の頃、よく飛ぶ夢を見た。 何度も繰り返し見るうち、夢の中の私は自分が飛べることを既に知っているようになった。 「よし、飛ぶか」とビュンと空に昇り、わざと電線の密集する辺りをヒュイッヒュイッとかわしながら、 高速で飛び回る。 たまにかわし損ねて、ビシッというものすごい音がする。かなり痛い。 それでも失速することなく、飛び回る。

最近は飛ぶ夢は見なくなったが、跳ぶ夢を時々見る。 教室の机の上を飛び跳ねるのに始まって、家の屋根から屋根へ、 ビルの壁を蹴って3つ4つ向こうのビルの屋上へと、自由自在に跳び回る。 これはこれで爽快だ。どちらにせよ、疲れを知らない。

*

小さいときに見た飛ぶ夢は、いつも床上30cmだった。 よく覚えているのは、幼稚園ぐらいのときに見た、電車の通路を、 電車の進行方向に、床上30cm、秒速数cmで飛ぶ夢。遅い上にヘトヘトに疲れる。 「電車は進んでるんだから、無理に飛ぶ必要はない」とは思うのに、私は床に降りる方法を知らなかったのだ。 起きてから考えたのは、「あの遅さで、どうして電車に追い抜かれて、後ろのドアに激突してしまわないんだろう?」

私が神童であったなら、相対性理論に辿り着いたのかな。それは、ない。

――ってことがひとつ。

その0207_ 2002/07/02(Tue) [ヒビノアワ]

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うちのトイレのドアは、ほんの少し変わっている。 写真のように、鍵がヨコを向いている状態では開いていて、鍵をかけるにはレバーを時計回りへ90度回して、タテにする。 大抵の鍵は逆で、タテのものをヨコにすると閉まるような気がするんだけど。 人間工学的にも、そのほうが手首のひねりが自然だし。

この部屋に住んで6年以上経っていながら未だにこんなことを訝しく思うのは、普段一人でいるときはトイレに鍵をかけないから(…ふ…普通そうだよ…ね…?)。 数ヶ月に一度、来客中にこの鍵を使う機会があると、「やっぱりちょっとヘンじゃないかな」と再確認するのだった。

――ってことがひとつ。

その0208_ 2002/07/05(Fri) [コトバノアワ][テレビノアワ]

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「ほとんど」…ん…? 「ほどんと」か…?
「…ほとんど、ほどんと、ほどんと、ほどんと、ほとんど…」

考えれば考えるほど、どちらが正解だったか判らなくなった。 私は判らなくならないが、判らなくなってる人をよく見かけるのが「したつづみ」。 昨日はドラマで、「すさまじきものは宮仕え」という台詞を聞いた。何も「凄まじい」まで言わなくても。

――ってことがひとつ。

その0209_ 2002/07/14(Sun) [ヒビノアワ]

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私は貴金属にまったく興味がない。

何年か前、実家が泥棒に入られた。 泥棒に入られたという第一報から大分時間が経ってから、 「あの時は、おまえに形見分けするつもりで、奮発して買ったダイヤの指輪も盗まれたんだ」という続報を聞いた。 私は「ふぅん」とだけ答えた。

時価1,000万でもするダイヤなら地団太を踏んだろうが、 母の「奮発」がどれ程のものか私にはよく解かっているのであって、 「形見」としてもらった場合、よほど生活に窮乏しない限りは軽々に「売って金に替える」ことは 許されない程度のものであろうと思われるし、 そこまでの窮乏を救うことは、やはり件のダイヤにはできないであろう (つまり、1,000万なら「形見」でも軽々に売って構わないと思っている薄情娘)。

つまり、結果的に「形見」という価値が付加されなかったダイヤは、 私にとってその辺の石ころまったく同じ、「ふぅん」としか言いようがないのである。

蛇足であるが、「奮発ダイヤが盗まれた母」には、それなりの同情心を持っている。

――ってことがひとつ。

その0210_ 2002/07/14(Sun) [カイモノノアワ]

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私は貴金属にまったく興味がないので、「本物」を一つも持っていなかった。

20代後半、大学時代の一番近しい友人が結婚することになった。 幸い生活の安定してきていた私は、彼女のために奮発することにした。 「いい年をして、他ならぬ彼女の結婚式に、雑貨屋パールはマズイ」。

私は初めて「宝石屋さん」の門を叩き、店員の女性に「初めての買い物」である旨を告げ、 「真珠の選び方」の講釈を頼んだ。 「色・巻き・大きさで値段が決まる」と幾つか並べてくれた中から、 私は小粒ではあるが巻きの厚いのを、ひとつ選び出した。

さて結婚式当日、さすがに主役である花嫁は、遠目でも判る、とてもツブの大きい、立派な真珠をつけていた。

*

以上の話を、結婚式から数ヶ月後、心安い友人である新婦に言った。 新婦の答えは以下の通り。

「あれ? ユザワヤで2900円だったのよ」

マコトに、類は友を呼ぶのである。

――ってことがひとつ。

その0211_ 2002/07/14(Sun) [カイモノノアワ]

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20代後半、知人に「そろそろ "少しいいコート" を買おうかと思っている」と言った。 知人が「"いいコート" ってどれくらい?」と聞くので、「4万円台」と答えた。 そうして私は宣告された。

「それは、"いいコート" っていわないよ」

――ってことがひとつ。

その0212_ 2002/07/14(Sun) [タベモノノアワ]

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夏のお料理。

父はとても正直な人間である。自分の感情や考えに対して。 私が一人暮らしを始めた後、母は道楽で飲食店を始めていて、 定年後の父は毎日母の店を手伝いに行っていたので、帰省したときは、 私が夕飯の支度をして二人の帰りを待った。

私はその頃大した食いしん坊だったので、料理にも多少の自信があった。 「とてつもなく美味いご馳走」は作れないが「普通に美味しい食事」を作ることはできる。

その日の献立は、「青味魚のトマトソースがけ」。 鰯だか鯵だかを三枚に下ろして小麦粉をはたいてオリーブオイルで焼く。 たまねぎ、インゲン、なす、トマトなど、ありあわせの夏野菜を炒めて、トマトジュースで煮詰め、 スープの素やら塩コショウで適宜で味付け、出来上がったソースを、たっぷり魚にかけて食う。 …あ、緑は色が悪くなるので、煮てはいかんな。後で入れてください。

さて、食卓に並んだソレを、ちょこっと舐めて父は言った。

「…あんまり美味くねぇな。全然味がしないんだ」

それっきり二度と箸をつけようとはせず、一皿丸ごと、残した。

うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁ。 ドラマや漫画の中の「父親」ってのは、 娘の作った塩と砂糖を間違えた料理を満面の笑みで「美味い!」と言いながら食うんだよ。

ちなみに父の言う「味がしない」とは、「トマトケチャップの味がしない」という意味であり、 父にとってトマトソースは、トマトケチャップの甘い味がすべきものなのだった。

翌日、私の献立は「トマトの雑魚炒め」であった。 ねぎと雑魚とトマトをごま油で炒め、みりんと塩しょうゆで、しっかり甘辛く味をつける。 父は「美味い!」と満面の笑みで頬張った。

自分の感情にとても素直な人である。

――ってことがひとつ。

その0213_ 2002/07/14(Sun) [タベモノノアワ]

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夏のお料理 その2

そんな正直者の父を、私は反面教師として育った。 親子である以上、油断すると私も彼のような「とても素直な言動」をしてしまうということを、 私は充分自覚している。

* * *

父は台所に立つのが嫌いな人ではなかった。 私が高校生ぐらいになっても、母が旅行などで家を空けるときは父に夕飯の算段を頼んで出かけたくらいで、 私は一人暮らしを始めるまで、ついぞ料理らしい料理をすることはなかった。

我が家には「お父さんの卵焼き」なるメニューがあった。 幼稚園か小学校の低学年の頃、休日の朝食などでよく食卓に登っていて、 確かにそれなりに美味しいと思いながら食べた記憶がある。 考えてみれば、いつのまにか食卓に上らなくなっていたが。

*

トマトソースの件の3年前の夏。
帰省中、一人暮らしの生活と変わらない遅い時間に起きると、 父がニコニコと「お前の好きな、お父さんの卵焼きを作っておいたからな」と言い置いて出かけていった。 食欲はなかったが、一人テレビを見ながらモソっと一口。

…まずい…。…甘い…。喰えたもんじゃねぇ…。

卵焼きにはどっちゃりと砂糖が仕込まれている。醤油もあらかじめ入っているので、色も悪い。 そのくせ塩気はなんか足りない。 一瞬、まだ存命中だった たろさに喰わせて証拠隠滅を図ることを考えたが、 父の「ニコニコ」を思うと気の毒になって、涙目になりながら完食した。 私は、私が、ドラマの中に出てくる様なよい娘 だと、強く主張したい。

――ってことがひとつ。

その0214_ 2002/07/20(Sat) [ヒビノアワ]

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マンションの郵便受けの扉は、透明のプラスチックで、カギもついていません。 最初は、プライバシーの保護上や、防犯上、どういうもんかと思っていたのですが、 ウチのマンションは大家さんを除いて3世帯だけの小さなものなので、 「そう不特定多数の人間が出入りするわけでもないし」と、気にしないことにしました。

お昼頃、買い物に出るときに郵便受けに目をやると、何やら一杯溜まってる様子でした。 さて、20分ほどで買い物から戻ると、郵便受けが妙にスッキリしています。 でも、「なくなった」と確認できるのは、一番上にあったはずの、ケーブルテレビか何かのチラシだけ。 上の郵便受けは空、下の郵便受けには、ケーブルテレビのチラシだけが入っている。 「そう。確かこのチラシが、3世帯全部に入っていたの…」。

スッキリした郵便受けに入っていたのは、雑誌2冊と宅配便の不在票。 むしろこっちがなくなっているのなら、不届き者の目的は判るんだけど、 一体、誰が何の目的で、チラシだけ抜き取ったのでしょう…?

――ってことがひとつ。

その0215_ 2002/07/22(Mon) [ヒビノアワ]

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私は、「大きな音」がとても嫌い。嫌いというより、怖い。 毎度大きなくしゃみをする人に、「怖いので止めてくれ」と懇願したこともある。 私は自分のくしゃみを、かなり完璧に制御できるんだけど、普通はそうでもないらしく、 「ムリ」のひと言で願いは却下された。

*

時々、とんでもない時間に寝起きしてることがあって、電話で起こされたくない時は、 寝室の子機の呼び出し音を切って寝る。 呼び出し音を切るには、「音量ボタン」を押すわけだが、 「切る」前に、一旦「音量切り替えモード」を通らなければならず、 この時に、絶対「音量:大」の呼び出し音を聞かなくてはいけないようになっている。 ちなみに、「音量:小」に戻すときも同様。

これがもう、イヤでイヤでたまらない。 仕方なく、音量の設定をいじる時はいつも、布団の中に受話器を突っ込んで、 スキマなきよう上から押さえ、腹筋に力を込め、顔をそむけ、意を決して「音量ボタン」を押すのだが、 それでもやっぱり布団の中の「大きな音」に、梅干を食べたような顔になるのだった。

*

大きな音が嫌いだったり怖かったりする以外にも、 ライブなどに行くと体調によって横隔膜辺り(?)に響くバスドラにあわせて 「咳き込む」という症状が出ることもある。 一度、前の席の人に振り返られて睨まれた。…ゴメンナサイ…。 くしゃみは制御できても、咳の制御は習得してませんでした。

そうそう、「音楽」は「音」ではないので、怖くはないです。

――ってことがひとつ。

その0216_ 2002/07/22(Mon) [オモイデノアワ]

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家に「ウサギとなだれ」というお話レコードがあった。表題通り、途中に雪崩の音が入っている。 一度聞いて、怖くて怖くて、以来レコードのジャケットも見るのもイヤだった。 幼稚園に入る前ぐらいの歳だったろうか。

母親というのは、自分の子供に対して、残酷なことを平気でする。 面白半分に、度々このレコードを取り出しては、「これかけようか?」と言い、 怖がって逃げ惑う私を追いかけ、高笑いしながら見物するのである。 子供ながらに、この母は正気じゃない、と思うくらいの執拗さで。 あまり泣かない子供だった私が、恐怖に絶叫し、半べそをかく辺りで、 ようやく、「バカねぇ、全然怖くないのに」と言ってレコードを収める。

この歳になっても、他人の家の[音量:大]らしい電話の呼び出し音や呼び鈴などに、 一々「ビクっ」と反応してしまうのは、結構トラウマなんじゃないかと思う次第だ。

――ってことがひとつ。

その0217_ 2002/07/22(Mon) [オモイデノアワ][イキモノノアワ]

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もともと神経質な子供であったのは、確かであろうと思う。 夜、眠った頃合を見計らって、母親が子供部屋の見回りに来た。 開いているドアの外から中を覗くだけなのだが、私は眠りながら「人の気配」をありありと感じて、 気になって目を覚ましてしまう。

二十歳を過ぎても、開け放したドアから「起こさないように気を使って」入ってきた人間の気配を、 やっぱり感じて起きてしまっていた。…野生なのか…?

しかしその反面、相当大きな地震でも、絶対に目を覚まさないザルなところもある。

――ってことがひとつ。

その0218_ 2002/07/24(Wed) [イキモノノアワ]

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例年は8月も半ばになってからなんだけど、数日前、早々にゴキブリを1匹発見/抹殺。

私がゴキブリを嫌いな理由は「大きすぎる」からである。 例えばショウジョウバエを大量虐殺をしても、良心に呵責は感じない。 しかし、殺虫剤によるゴキブリの死に際には、後ろめたさを感じずにいられない。

「命の重さは一緒なんてうそっぱちだ…!」と今更ながらのことを言ってみる。

1匹も出なかった快適な去年の夏の話はこちら。 ところで考えてみれば、一人暮らしを始めて最初の8年ぐらいは1匹も見たことなかったのよね

その後。この夏、ゴキブリを見たのはこれが最初で最後だった。ふぅ。

――ってことがひとつ。

その0219_ 2002/07/25(Thu) [ヒビノアワ][ノウミソノアワ]

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もうひとつ、ゴキブリが嫌いな原因。 一人暮らしを始めて、最初のゴキブリ発見の直前、いやな電話を受けた。 電話を切ってから、動悸がした。 動悸のさなか、台所からかすかな物音がして、さらに動悸がした。 ゴキブリ発見で、動悸に加えてひざが震えた。

ゴキブリ = いやな電話 > 動悸 が条件反射になった。

――ってことがひとつ。

その0220_ 2002/07/26(Fri) [ヒビノアワ]

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さっきから、隣家の電話の呼び出し音が、もう10分近く鳴り続けている。

――ってことがひとつ。

その0221_ 2002/07/27(Sat) [オモイデノアワ]

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私の部屋は2階にあって、東の窓は道路に面していた。 家のすぐ裏にガランと広い公園があって、夏には盆踊りの会場になった。 私は部屋の灯りをつけないまま、窓枠に座っていた。 すぐ下の道を、盆踊りから帰る人がまばらに通る。 近くにあった懐中電灯を弄んでいて、何の気なしに外に向ける。

「うぁぁぁぁ〜。…おねーちゃん、今、なにか光るの通ったぁ」

小学校の中学年位の男の子が、2つ3つ年上らしい姉の腕にしがみついてる影が見えた。 20年も前のあの時の男の子の声を、私がふいに思い出すように、もう男の子でなくなった彼も、 時々は横切った精霊を思い出すのかもしれない。

――ってことがひとつ。

その0222_ 2002/07/28(Sun) [コトバノアワ]

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最近、「過去形であること」が適切な場面で使われても、妙に引っかかるようになってしまった。

「〜でよろしかったですか?」

…。ふむ。「よろしい」と「ですか」の丁寧語の、バランスが悪い感じがするのかもしれない。 適切な場面で、過去形であることが正しいと認識して使う場合、 心ある人は「〜でよろしかったでしょうか?」あるいは「〜でよかったっすか?」を採用するように。

――ってことがひとつ。

その0223_ 2002/07/28(Sun) [コトバノアワ]

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「領収書ください」と言うと、宛名を聞かれたので、本名を答えた。

私の苗字は、あまり幾通りも書き方はないが、斉藤 齋藤 西東くらいのバリエーションがないわけではない。

――ってことがひとつ。

その0224_ 2002/07/31(Wed) [オモイデノアワ]

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子供のとき、市外局番を使う必要は全くなかった。 ふと、市内局番も取り払って、下4桁だけダイヤルするとどうなるんだろうと思い、 友達の家の番号の、下4桁を回してみた。
「誰か出た!」

どこにも掛からないだろうと思ってたので、ビックリしてそのまま切ってしまった。 何か間違えたのかと、もう一度掛けてみる。誰か出た。明らかに友達の家ではない。 どこに掛かったのか解からないので、そのまま切る。

どこに掛かっているのか確かめたくてもう一度掛ける。 でもどうやって確かめていいのか判らないので、またそのまま切る。

もう一度掛ける。電話の向こうでは、誰か大人の人が、真剣な口調で私に話し掛けてくる。 気圧されて、そのまま切る。もう一度掛ける。そのまま切る。そして、気が付いた。

その4桁は、よりにもよって「1 1 0 *」。

――ってことがひとつ。

その0225_ 2002/08/05(Mon) [コトバノアワ][テレビノアワ]

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ちょっとキモチの悪いもの。 「語尾上げの通訳者」。

専門知識について説明しているのに、疑問形でこちらに確認しながら話されても…。 と、戯れにでも思われた話者が気の毒。

――ってことがひとつ。

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