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category: 日々の泡

日々の泡/008 - 2002/05/28(Tue) - 2002/06/11(Tue)

LastModified : Mon Oct 4 04:19:49 2004
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2002/05/28(Tue) - 2002/06/11(Tue)

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その0176_ 2002/05/28(Tue) [ノウミソノアワ]

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知人に、私が算数ができないことを話した。 「繰り上がりのない、2桁の足し算を暗算できないよ」。知人は信じない。

問題を出してもらう。間違える。ちょっと考えて別の答えを言う。 正解からさらに離れてしまったらしい。 「なんでぇ!?」と知人は驚いている。

なんでも何も、口頭で出された問題の、「2桁の数字2つ」が覚えられないのだ。

――ってことがひとつ。

その0177_ 2002/05/28(Tue) [ノウミソノアワ]

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スーパーで、30%OFF の札が貼られた商品の前で長いこと考え込んでる人間がいたら、私かもしれない。

198円は 200円として、200円の10%が 20円。 20円×3 が60円で、200円から 60円を引くと、140円だ。

「そんな計算してんの!? そりゃ時間も掛かるわ」「え、普通はどう計算するの?」

教えてもらえなかった。何か秘術があるんだろうか。

困るのは、計算過程の数字を度々忘れてしまうことだ。 元が168円だったりすると、170円で計算しても、途中に出てくる数字がとても複雑になって、覚えられなくなってしまう。 仕方がないので、最初に戻ってやり直す。

そういうわけで、30%OFF のお肉の前で、5分ほども固まって動かなくなってしまうのだ。

――ってことがひとつ。

その0178_ 2002/05/28(Tue) [シャカイノアワ]

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何年も前、ちょっと大きめのダンボール箱で荷物を送ろうとしたことがあった。 たまたま、郵便局が玄関まで荷物を取りにきてくれるサービスを始めた、と知ったばかりだったので、ソレを使ってみることにした。

荷物を取りに来たおじさんに、荷物を渡し、料金を支払う。 おじさんは「あ、お釣りかぁ。お釣りはないんだなぁ」と言いながら、どう見ても「自分の小銭入れ」をズボンのポケットから取り出し、「始めたばかりのサービスなんで…」と照れ笑いをしながら、ティッシュに包んでお釣を差し出したのだった。

…おじさんは…親戚のおじさん…?

ノンキだな、郵政省。

――ってことがひとつ。

その0179_ 2002/05/29(Wed) [デキゴトノアワ]

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1年ぐらい前、通販会社から電話が来た。「アフターケア」なんだそうだ。 「その後、ダイエット食品○○の効果はいかがですか」というようなことを言う。 幸い私はダイエットの必要がない。商品名はもちろん、社名にも心当たりはない。

友人に話すと「そこから商品説明に持ち込んで、買わせる手よ」という意見だったが、 万が一、後で支払いの請求やらカードの引き落としやらがあったら困るので、 掛けた番号や、何のリストを見て電話を掛けてるのかを確認したりしたんだけど、 通販会社のお姉さんは、いかにも「顧客じゃないなら用はない」というように早々に電話を切ろうとする。 とても、商売をしたがってる様子には見えなかった。

確認したところでは「間違い電話」ではなく、確かに番号はウチのもので、名前も合ってる。 名簿は確かに、「過去ご注文を受けた顧客リスト」であるという。 しばらく注意してたんだけど、結局、今に至るも不明の請求や引き落としはないので、 何かの間違いではあったんだろう。 けど。どんな間違いなのかなあ。キモチワルイ…。

――ってことがひとつ。

その0180_ 2002/05/29(Wed) [デキゴトノアワ]

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過去5年くらいに渡って十数回、同じ間違い電話を受けた。 相手はいつも同じ年配の女性で、誰何される苗字もいつも同じ。 決まって土日の朝9時10時台なのが、なんとなく面白い。

そんな時間に電話を寄越すような相手はいないので、土日の朝に電話が鳴ると「来た!」と思い、 実際「いつもの」間違い電話だった。 大体、そんな時間は眠っていることのほうが多い。気付かなかっただけで十数回以上あったかもしれない。

そういえば最近掛かってこないな、なんて思って、「登録」の仕方を覚えたのかしら、 なんてことを、あえて他の可能性には目をつぶって想像してみたりする。

――ってことがひとつ。

その0181_ 2002/05/29(Wed) [デキゴトノアワ]

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電話の向こうは若い女の子の声。突然「○○ちゃんいますか?」と切り出された。 ○○はよく聞き取れなかったが、私の名前ではないようだし、 私をちゃん付けで呼ぶ人間にも心当たりがなかったので、「間違いですよ」と答えた。

切羽詰ったような声で、「そこにいることは、判ってるんです」と切り返され、事情は大体つかめてしまった。

てっきりただの誤ダイヤルだと思ったので、電話番号を言ってもらって、 「ほら、そのナンバーはウチじゃないわよ」と言おうとしたら、合っている。

ちょっとした思い遣りで、「つかめた事情」には気が付かないフリをして、 とにかく「ここには私しかいない」という事実を言い、電話を切った。

切った直後、電話が鳴った。どうやら近くに、彼女の友人が待機していたらしい。 友人は、ものすごい剣幕で怒っている。とにかく一方的に口汚く罵倒し倒される。

一応誤解を解く努力は試みたが、「シラきってんじゃねーよ」と一喝され、諦める。 切ってしまえば掛け直されるに決まってるので、受話器を放置することにした。 たまに受話器を取り上げると「ちょっと、聞いてんの!?」と怒鳴りながら、なおも罵っている。

3・40分もして受話器を取ってみると、さすがに切れていた。

いつか、あの友情に厚い友人に、「あの電話は間違い電話だった」と気付く瞬間が訪れるんだろうなあ、 と思ってちょっと同情した。

それにしても、「浮気犯」は誰だ。私の電話番号をアドレス帳に乗せている人間なことは確かなのだ。 ○○を聞き取れなかったのが、悔やまれる。

――ってことがひとつ。

その0182_ 2002/05/29(Wed) [オモイデノアワ]

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大学のときに住んでいた安普請のアパートは、声が筒抜けだった。 友人が来ていたとき、ふざけて近くにあった小さなぬいぐるみを投げつけたら、 友人を反れて、隣に面した壁に当たってしまった。 反射的に「ごめんなさい!」と言ったが、それは友人の手前の冗談のようなもので、 隣に聞こえるように言ったつもりではない。 それでもやっぱり、隣からは「い〜え〜」という返事が返ってきたのだった。

ある夜眠ろうとしていたら、上の部屋から「出て行けよ!!」「出て行くわよ!!」という声が聞こえ、 ドアが「バタン!」と閉まり、鉄製の階段を「カンカンカン」と降りる足音が聞こえた。 「青春だなあ…」と思いながら眠りについたのだった。

2・3度、隣の寝言が聞こえたこともある。…何で寝言だと判断したのかはアレだけども。

――ってことがひとつ。

その0183_ 2002/05/29(Wed) [オモイデノアワ]

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次に住んだアパートは、かなりマシな部類のアパートだったので、寝言が聞こえるようなことはなかったし、 階段にはコンクリが詰めてあって「カンカンカン」と響くこともなかった。

それでも、大音響でステレオを掛ければ、そりゃあ聞こえる。 休みの日の朝、1・2曲だけ、とてつもない大音響で「チャゲアス」を鳴らす人がいた。 もちろん「アルバム1枚」やら「ひがな1日」よりマシなのには違いないんだけど、 何のために「1・2曲」なのかというのが、今ひとつ謎なのだった。

――ってことがひとつ。

その0184_ 2002/05/29(Wed) [オモイデノアワ]

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私は「悪気」でものを言うことはないのだけど(悪気があったら口にできない小心者、なのだけど)、 たまにとんでもない「失言」をする。 「マシな部類」のアパートから、さらにマシな部類のマンションに引っ越すとき、アパートの大家さんに挨拶に行って、 「最初引っ越すって聞いたとき、結婚でもするのかしらと思ったわ」と言われ、 「いえ〜、ちょっと狭くなったので」と悪気のない失言をした。 大家さんはカラリとした人だったので、拘ることなく「ああ、そうなの」と笑った。

*

大家さんの家はアパートのすぐ裏にあって、ボケて寝たきりのおばあちゃんがいた。 正確には私が入居した後に倒れて、寝たきりになったのだ。

寝たきりになってしまってから、よく「ノブちゃぁ〜ん」と、 自営で家にいる息子さんを呼ぶおばあちゃんの声が聞こえた。 私はその声を聞く度、心の中で一緒に「ノブちゃん」を呼んであげていた。 「ノブちゃーん、呼んでますよぉ」。 どんなに長く続いても全く不快ではなかったし、うるさいとも思わなかった。 ただほんの少し切ない気分になるだけだった。 「ノブちゃん、どこに行っちゃったのかな。早く来ないかなぁ」。 確か小学校1年生の時。知人のお葬式に行った母の帰りを、雷が鳴る中待っていた日の心細さを思い出す。

大家さんの家にお邪魔して世間話をしているとき、このおばあちゃんの話になった。 「いつも心の中で、一緒に呼んであげちゃうんですよ」と、例によって気軽に失言した。 大家さんがしきりに申し訳ながって「ごめんなさいね、うるさいでしょう」と謝るのを聞いて、 やっと、「遠まわしな抗議」に聞こえても仕方がない発言だったと気が付いた。 こんな風にも、ご家族は大変なんだ。

おばあちゃんは、私が引っ越す1・2年前、亡くなった。

――ってことがひとつ。

その0185_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ]

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実家の父は、趣味で野菜を作っている。 田舎のことなので、100坪近い土地を親戚からタダで借り、食べきれないほど収穫がある。

子供のときは「ノルマ」として、1日に消費するべき野菜の量を決められたりした。 アルバイトをしていた頃は、たまに野菜の仕送りがあったが、相変わらず「食べ切れる量」を考慮せず、 小さめではあるが「キャベツ2玉」などという送りかたをしてきたし、 「低農薬」だかのせいか、スーパーの野菜に比べてあっという間に痛んでしまうので、 度々大家さんの一家におすそ分けに持っていった。

あるとき、アルバイトから帰って、「さて夕飯の支度」と思っていたら、 夕べおすそ分けした「ウドとカボチャ」が、「煮物と天ぷら」になって帰ってきた。 さらに、ひじきの煮物のオマケ付き。 「明かりがついたから、あ、帰ってきた、と思って急いで持ってきたのよ」。 支度をせずにご飯が食べられるというのは本当に久しぶりで、しみじみ嬉しかった。

…と書いて気が付いた。ウドとカボチャじゃ季節が合わないな。ウドは確かだけどカボチャは違ったかな?

――ってことがひとつ。

その0186_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ][ノウミソノアワ]

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兄は子供のクセに野菜が好物だった。 おやつにキャベツの千切りを大きなザルごと、あるいはレタスをひと玉抱え、 マヨネーズのチューブ片手に食べていた。 父はそれを「標準」と考えていたので、もともと食が細くて、 野菜も「与えられた分」だけを食べていた私は、「野菜嫌い」という評価を得た。 小さな口内炎ができると、よく「お前は野菜を食べないから」と言われた。

一人暮らしを始めて、「最近野菜を食べてないな」と思うと2・3日のうちに口内炎ができる。 慌てて野菜中心の献立を作ると、翌日には口内炎が治まってしまう。人間のココロとカラダの不思議。

この2・3年で、やっと「野菜の呪縛」が解けたらしく、 「野菜を食べてない」と思っただけで口内炎ができることはなくなった。

――ってことがひとつ。

その0187_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ]

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昔、実家に帰ったときに食べた水炊きが妙に美味かったので、一人で作って食べたことがあった。

どうも、何かが違う。ちなみに、一人でナベを食うことを空しいとは思わないので、 そのことが味に影響してるわけではない。 母は結構ぞんざいな料理(※)をするので、隠し味とかちょっとしたコツ、とか、そんな高級な話ではない。

しばらくして、実家から野菜の仕送りがあり、だからというわけでもなく、 再び水炊きにチャレンジした。 大抵の材料は、スーパーで買ってきたんだから。

しかし、一口食って、「これだ!」と思った。 一つだけ、実家からの野菜を材料に使っていた。「大根おろし」。 大根がねえ、美味いのよ。

※ぞんざいな料理:例)生野菜ひたすらスライス、あるいは茹で野菜にマヨネーズで2・3品、など。

――ってことがひとつ。

その0188_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ]

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子供の頃、食は細かったが、「好き嫌い」はほとんどなかった。 唯一、「出されれば食べるけど、あまり出して欲しくない」程度にキライだったのが、ピーマン。

ただし、ピザに載っているピーマンだけは好きだった。 一人暮らしを始めてすぐの頃、冷凍ピザを買ったついでにピーマンも買った。 もちろん一袋をピザに載せられるわけではないので、ほとんど余った。 捨てるわけには行かない。なんやかやと料理して食べる。

あれ…美味しくなくない…。

ピーマン嫌いが治ったわけではない。スーパーで売っている味の薄いピーマンは、父の作ったような、 「濃いピーマンの味」がしなかったのだ。

――ってことがひとつ。

その0189_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ]

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好き嫌いはなかったけど、「食べること」が嫌いな子供だった。 日に3度もご飯を食べなくてはいけないことが、ただ「面倒」だった。 白いご飯もあまり好きではなかった。「なんでこんなネバってるんだろう」。

高校2年のある日、突然、お弁当の冷えたクリームコロッケと冷えたご飯を、「美味い!!」と思った。 その日から20代いっぱい、私は「食欲魔人」になった。 生きるために食べてるのか、食べるために生きてるのか。 「食欲のなかった子供時代」を思い出して、あの調子だったら食費がもっと浮くのに、とタメ息をついた。

やがてカラダが「もう、栄養は必要がない」宣言をし、ガクンと食欲が落ちた。 まだ食欲が落ちて間もない頃、お弁当を一つ食べてしまった後、知人に夕飯に誘われた。 「私のことだから、目の前に皿が並べば食べるはず」と一緒したが、 結局、見た目で味が想像できなかったペンネを、ひとつ味見しただけだった。

そうだった。今の私は、かつての「食欲魔人」とは違うのだ。 「こういう人と食事するのって、ホントつまんないのよね」と、 かつて私が「食の細い人」と食事したときの不満が思い出され、知人に申し訳ない気持ちになった。

――ってことがひとつ。

その0190_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ][オモイデノアワ]

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申し訳ないことに、私は母の味があまり好きではなかった。 自炊をし始めて食欲が加速したのは、「こうすれば美味いじゃんよぉ」という発見によるところも大きい。

あるとき、小学校からの友人と話していて「アンタのお弁当はいつも美味しそうだった」と言われ、驚いた。 「彩りがキレイでいかにも美味しそうだった」と彼女は言う。 美味かったかどうかはさておき、確かに見た目には気配りがあったかもしれない。

たろさに食わせて「食べ残した証拠隠滅」を図っていたことを申し訳なく思った。

――ってことがひとつ。

その0191_ 2002/05/29(Wed) [タベモノノアワ]

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知人に「美味しい店」に連れて行ってあげる、と言われると、緊張する。

「美味しいと思わなかったら、どうしよう」

私は「ごく普通の食べ物」が好きである。 「わかりやすい味」が好きである。 あんまり高級にされると「なんだかよくわかんないや」と思うことが度々だ。 そして「ね? 美味しいでしょ」と聞かれてとても困ってしまうのだ。

…ウソがつけない人なので、口篭もってしまい、 相手にありありと「あ、美味しくはないらしい」と伝わってしまうに違いない。

2万円の京懐石が全然美味しくなかったときは、同席した人間も同じ感想だったので、ほっとした。

――ってことがひとつ。

その0192_ 2002/06/03(Mon) [カイモノノアワ]

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常に賢い消費者たらんとしているワタクシでありますが、一つだけ、無責任に、 「金がダダ漏れ状態だって構うもんか」とヤケっぱちになることがある。「電話料金」。

あぁっ、もぅっ。ワタシちっともワケわからないのよっ。アレとコレはどう違うの。 誰かナントカして頂戴っ。好きなように決めりゃいいのよっ。私に一々聞かないでっ。

今日は旧電電公社分室から電話があった。 「ちゃべりっち」だそうだ。55%でKDDIより安いんだって。あっそ。でも、ちょっと遅かったね。 ちょっと前マイライン登録したばっかり、変える気力がもうないの。

誰かっ、ウチのこの半年の電話料金を、各社全てのサービスで比較した明細表を作成、今月中に提出することっ!! いいわねっ!? 書式は追って通達します。

後日もう一度電話が来た。気力が回復していたので、少し詳しく説明を聞いた。ウチには全然トクじゃないことが判明。

――ってことがひとつ。

その0193_ 2002/06/03(Mon) [カイモノノアワ]

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ちょっと前、マンション売りから電話があった。「いらない」と即答する。 もちろん向こうもプロだから、そんなことでは引き下がらない。 私もヒマなので無碍には切らず、「円満に電話を収束させる試み」に挑戦することにした。

「最近はOLさんでも買う方多いですよ」。OLさんは私よりずっと身分が上じゃないか。
「いえ、収入がとても不安定なので、銀行も貸さないと思いますしね」
「でも、収入が上下するってことは、上がることもあるわけじゃないですか」
だから、そういう素晴らしいポジティブシンキングする銀行は、今時ないと言ってるの。ということを、もっと嫌味でない表現で言ってみる。彼は答える。

そんな風に最初から諦めてちゃ、欲しいものは手に入りませんよ!!

…いや、鼓舞されても…最初から「欲しくない」から「いらない」って言ってるんじゃん…。

「あの、身動きが取れなくなるような借金を手に入れても、困っちゃうんですよ」 「そうですか…」。これまでの力強さとはうって変わった力のない声で彼は言い、「では、また機会がありましたら…」と自ら締めの言葉を言ったのだった。

とにかく、「円満に電話を収束させる試み」は成功裏に幕を閉じたので、大満足。

――ってことがひとつ。

その0194_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ]

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十数年前のある日、ちょっとダルかったので熱を計った。37度2分ほどだった。 平熱が35度4分なので、2度近く高いことになるが、ダルイだけだったので放っといた。 2日ほどでダルさはとれたが、体温だけは7度から下がらなかった。 以来、私の平熱は7度で固定されてしまった。1度6分の上昇。

たまに体調はどこも悪くないのに、顔だけがノボせたように熱くなることがある。 体温を計ると7度4分ほどある。私にとっては「ちょっとした変動」だけど、人間の体温は、7度を超えると理由を問わず「高すぎ」なんだろうかね。

去年、20年ぶりで「原因不明の熱」を出した。8度5分だった。 平熱から、たった1度5分の上昇なのに、立派な病人だった。

――ってことがひとつ。

その0195_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ]

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虫歯以外の体の不調は、大抵半日で自然治癒してしまう。 8度5分の熱を出したときも「明日には治る」と放っておき、とりあえず早々に寝た。

翌早朝、目を覚ますとまだ頭が痛い。熱を計ると8度近く熱がある。

「そ…そんなはずはない…!」

一晩寝て直らないなんてこと、私の体にあってはならない。 きっと、「起きるタイミング」を間違えてしまったんだ、と寝直した。

2時間ほどして起き直すと、ちゃんと平熱の7度になっていた。 体め、「いつもの起きる時間までに直しておけばいいや」ってサボったわね。

――ってことがひとつ。

その0196_ 2002/06/11(Tue) [オモイデノアワ][イキモノノアワ]

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20年前の「原因不明の熱」。

土曜に学校で気分が悪くなり、4時間目、あと数十分がどうしても我慢できなくなって、初めて早退した。 我慢強いほうなので、これは大変なことだ。

母は私の熱を計ると、慌てて階下の部屋に布団を敷いて私を寝かせたが、 病院にも行かず夕食の時間にはほとんど治っていた。

月曜元気に学校へ行き、「土曜は大丈夫だった?」という優しい級友の問いかけに、 「熱が39度8分あった」と答えると、友はひどく驚いた風に 「じゃあなんで、今日学校に来てるの!?」と言ったのだった。

39度8分が、そんなに大変なことだとは知らなかった。 道理で、2階の自室ではなく、階下に寝かされたはずだ。それでも破格の扱いだったのだ。

――ってことがひとつ。

その0197_ 2002/06/11(Tue) [オモイデノアワ][イキモノノアワ]

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最後に歯医者以外の病院へ行って、治療らしい治療をしてもらったのがいつだったのか、覚えていない。

最後に治療してもらおうとして病院へ行ったのは、中学1年の時。 幼稚園ぐらいのときから、足の関節がちょっとヘン(付け根、膝、足首、それぞれ症状が違うので、どう変かは割愛)。 中学で運動部に入り、ある朝起きるとあまりの痛みにカクンと力が抜け、立ち上がれなかった。 這いずっても痛むのをこらえて、2階の自室からなんとか階段をずり落ちて台所へ辿り着き、「痛くて立てない」と母に訴えると、「日曜だから病院は休み。明日病院に連れて行く」と言う。

例によって半日で症状は治まってしまったが、翌月曜、念のために病院へ行った。

今思うと医者は「心身症」というようなことを言いたかったのかもしれない。 私は特に何とも思わなかったが、母はキレた。但しその場ではなく、結局何の治療もされなかった、病院からの帰り道。 「"甘えてる" なんて失礼な! もう絶対病院には連れて行かない」と、私に向かって宣言したのだった。

それに対しても、その時の私は「私の足はどうなるのよ!」とは思わず、「そうか、私は二度と病院に行くことはないのだな」とだけ思った。

そんなわけで私の足は、未だに不用意にヨコ座りして十数分姿勢を動かさないでいると、数秒から数十分、立ち上がれないほど痛んだりするが、日常生活には差し支えないので放ってある。何にしろ「異常はない」そうなので。

――ってことがひとつ。

その0198_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ][オモイデノアワ]

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軽い「登校拒否」だったのかもしれない。小中学校のとき、毎朝お腹が痛かった。 学校に着く頃には治ってしまっているし、母に「痛い」と言うと叱られるので、毎日黙って学校に通い続けた。 母ったら、手をどこかにぶつけて、反射的に「痛!」と言っただけで 「あんたは1日1回、"痛い"って言わないと気がすまないのっ!?」って怒鳴るんですもん。

長じてからそのことを母に言うと、「だって、おなかが痛いって言うから、 "学校休む?"って訊くと"行く"って言うんだもん。どうしていいか判らなくなったのよ」という答えだった。

多分、「大丈夫?」って心配する振りをしとけばよかったんだと思うよ。儀式のように。

私は未だに「知らない場所」へ出かける前は、ちょっとお腹が痛かったりする。

――ってことがひとつ。

その0199_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ][オモイデノアワ]

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小学校のときの病気話。

その1。
口内炎で、頬の内側から上あごから、口中が激しくズル剥けになったことがある。 鏡で見ると、自分でも「痛そう…」と思うのだが、なぜか痛くない。 もしかしたら神経がイカレちゃってたのか、脳内麻薬か。 たまたま運動会があったので、見に来た母と、学校帰りについでに病院へ寄った。 せっかくのおやつのチョコレートが、さすがにちょっとしみて食べられず、悲しかったのだ。 医者は「普通、こんなになったら熱が40度くらい出て、運動会どころじゃないよ」と言った。 先生、私、リレーの選手で2人抜いてきました!! と誇らしい気持ちで一杯だった。

その2。
キャンプへ行ったら、ホームシックになった。そんな自分にショックを受けた。 キャンプが終わり、迎えに来た母が驚いたように私のおでこに手を当てて、「赤い顔して、あんた、熱があるじゃないの!」と叫んだ。そうか、道理で辛いと思った。 よかった、ホームシックじゃなかったんだ!! と快哉を叫びたい気持ちで一杯だった。

――ってことがひとつ。

その0200_ 2002/06/11(Tue) [イキモノノアワ]

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あんまりに体が頑丈な子供は、「病弱」に憧れる。「貧血」あたりは筆頭である。 私は4・5Km走っても顔が上気することなく青いまま、というような血色の悪さなので、貧血の資格は十分あると思ったんだけど、朝礼で先生が私の顔色に「大丈夫!?」と飛んでくることはあっても、いつも空振りに終わった。

高校のとき、隣に立っていた子が、突然意味不明の呪文のような言葉をブツブツとつぶやいたと思ったら、バッタリと倒れる、というのを目の当たりに見て、「漫画やドラマとは違うのであり、憧れの対象にするものではない」と悟った。

働き始めて、「体が資本」という言葉を実感する、今日この頃。

――ってことがひとつ。

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